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大阪高等裁判所 昭和41年(ラ)198号 決定

抗告人 市川仙太郎

右代理人弁護士 久保泉

相手方 日亜興業株式会社

右代表者代表取締役 高山勝光

主文

原決定を取り消す。

抗告人は大阪地方裁判所所属執行官に委任して相手方より別紙目録記載の不動産の引渡しを求めることができる。

執行官は民事訴訟法第七三一条に規定する手続により右引渡命令を執行しなければならない。

理由

一、抗告人は主文同旨の決定を求め、その抗告の理由は別紙記載のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  本件不動産競売事件記録(大阪地方裁判所昭和三九年(ケ)第三二〇号)と本件記録によれば次の事実が認められる。

(イ)  債権者十三信用金庫は債務者矢嶋静子に対する昭和三八年四月二日付金銭消費貸借契約に基づく抵当権の実行として、競売に付すべき物件につき昭和三九年五月二〇日売買を原因として同年六月六日取得登記を経由した第三取得者豊国産業株式会社所有の別紙目録記載の本件不動産につき、昭和三九年一一月一二日競売の申立をなし、同裁判所はこれを容れて同年一一月二四日競売手続開始決定をなし、同月二六日本件不動産の登記簿にその旨記入せられ(なお、債務者矢嶋静子には同年一二月二日、所有者豊国産業株式会社には同月四日、それぞれ競売手続開始決定正本を送達し)、差押えの効力が生じた。原裁判所は必要な手続一切を履践して昭和四一年四月一九日最高価競買申出人である抗告人に競落を許可する旨決定を言い渡した。抗告人は同年六月六日競落代金を納付した。

(ロ)  第三取得者豊国産業株式会社は債務者矢嶋静子から金七〇〇万円の貸金債権の譲渡担保として昭和三九年五月二〇日本件不動産の所有権を取得しその引渡しを受けたものであるが、本件競売申立後の昭和四〇年一月三〇日、二二〇万円の支払いと引換えにこれを債務者矢嶋静子に返還引渡しを了し、かつ登記簿上は真正な所有名義回復を原因とする債務者矢嶋静子への移転登記がなされた。

(ハ)  本件不動産は相手方が現に占有している。その占有取得の経過は、大八商事株式会社は、同会社と債務者矢島静子との間の大阪簡易裁判所昭和三九年(イ)第一、一八八号和解事件の執行力ある和解調書正本に基づいて本件不動産の明渡執行を執行吏に委任し、執行吏は昭和四一年五月一五日債務者矢島静子に対する明渡しの執行として本件不動産を大八商事株式会社に引き渡し、その頃大八商事株式会社は本件不動産を相手方に譲渡して占有を移転したものである。

(二)  以上によれば、本件不動産は、その第三取得者豊国産業株式会社から、再び債務者矢島静子へ、同人から強制執行債権者大八商事株式会社へ、同会社から相手方へ転々譲渡され、これに伴い本件不動産の所有者から差押えの効力が生じた後に承継により相手方の占有に帰したものといわなければならない。

(三)  競売法第三二条第二項において同法の不動産競売手続について準用する民事訴訟法第六八七条第一項の競落不動産引渡命令は、単に債務者(競売の目的不動産の所有者と被担保債権の債務者とが別人であるとき―物上保証人の場合もしくは本件のごとき第三取得者の場合―は所有者)のみならず、競売開始決定が差押えの効力を生じた後に当該不動産の占有を債務者(前同)から特定承継した者に対しても、競落代金の全額を支払った競落人は、その占有不動産の引渡命令を求め得べく、これらの者に対して競落不動産の引渡しを求めるために別に所有権に基づいて引渡しの訴えを提起することを要しないと解するのが相当である。けだし、競売手続開始決定の登記および所有者ならびに債務者に対する競売開始決定正本の送達以後、所有者は競落人の権限の妨げとなる処分をなしえないものであり、競売裁判所は競落人に対して能うかぎり完全な状態において目的物を簡易迅速な方法で引き渡すのが競売の制度に合致するからであり、民訴法第六八七条はその占有が債務者(前同)にあることを通例とみての立言であるのであって、これを債務者(前同)にかぎる趣旨を表わしたとみることを至当とする根拠も必要も存しないからであり、一方債務者(前同)との間の承継の有無を問わず、競落人に対抗しえないすべての占有者にも引渡命令を発しうるとすることは、民訴法第六八七条の文言をあまりにも離れ、これを不当に拡張するものといわねばならないからである。以上と異なり、競売法の競売手続にあっては競売手続開始決定中に目的不動産の「所有者」として表示されている者ないしはその競落前の包括承継人を相手方としてのみ引渡命令を発しうると解する原決定の見解は採用しない。

そうすると、抗告人は相手方に対し引渡命令を求めうるものであるから、抗告人の本件申立てを却下した原決定は不当である。

よって、原決定を取り消し本件申立を認容して主文のとおり決定する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 中島一郎 阪井昱朗)

〈以下省略〉

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